| 全身血塗れで横たわる無残な体は誰が見ても棺おけに片足どころか首くらいまで突っ込んでいる。 指先ひとつ動かせないだろうその男の、とりあえず異常な方向に曲がった足から接いでやろうと力を込めた。 「いって!!!!いてーって!!」 「うるさいよ。耳元で喚かないで。」 ……訂正。口ばかりはまだ元気なようだ。 しかしうるさい。 ルックは遠慮無しに傷口目掛けて消毒液をぶちまけた。 「もっ…紋章…!紋章は…!!」 「悪いね、スタミナ切れだよ。」 誰のせいだと思ってるんだとは、さすがに口にしないでおく。 口は良く動いていても、起き上がれないほどの傷を負っていることは確かなのだ。 無茶ばかりするから、戦闘中、フォローしても仕切れなくてこのザマだ。 まったく、自分がいなかったらどうするつもりなんだと、考えて。 すこし、ぞっとした。 「―――ッルック…!!!」 「……ああ、」 知らぬ間に力を込めすぎたようで、包帯が白い腕に食い込んでいる。 いけないいけない。これでもこいつは怪我人なんだ。 包帯を緩めようと手を伸ばしたら、特に意図もなく当たり前に、指先が軽くシーナの腕を掠めた。 生乾きの血がぬるりと指の後をついてきて、体温の低い自分の指に生温いその感触が不快だった。 酷く、 (あつい) 不快だ。やたらと体温の高いこの男が。悩みなど無いというようにいつも笑っているこの男が。他人の闇さえ吹き飛ばしてしまいそうな、この男が。 そう思いながら離れようとしないこの指先が、何より。 「……あの、…ルック?」 (死に掛けてるくせに) (どうしてそんなに) (まだ) 「おーいールックー」 血の感触に顔をしかめたまま、男に視線を合わせた。 「な…なに、どしたの?」 意味の解らない沈黙に怯えているのだろう。引きつった顔で伺いを立てるその男の顔は、それでも笑みを象っていた。 (まだ、) 「………、…ちょっと、ルック、」 シーナの表情が笑顔から気遣わしいものに色を変えた瞬間、ルックはひとつ息を吸いこんだ。 「死んでもらっちゃ、困るんだよ!!」 「――――――っ!!!!!!!!!!!!!」 ルックは声と同時に渾身の力を込めて包帯を締めなおす。 シーナが声にならない絶叫をあげるのは勿論ルックの罪ではない。ちゃらんぽらんな癖にいたずらに人間の機微に敏いのが悪いのだ。 悶絶するシーナに構わず手早く腕の手当てを済ませると、ルックはさっさと立ち上がって踵を返した。 近づいてくる気配には気がついていたので、顔をあげずに小さく、あとはよろしくとだけ告げてその場を後にする。 一部始終を見ていたのであろう性格の悪い元軍主が、背後で肩を震わせて笑いを堪えていることには気がついたが、それは後でたっぷり切り裂いてやるとして。 今は一刻も早くその場から離れたかった。 指先から熱がせり上がってくるようだ。熱い。 「ルック!!ちょっと待って!!」 だいぶ離れたと思ったが声は存外はっきりと耳に届いた。 語尾にハートマークを付けそうな口調で、バカ面下げてバカが笑ってる。 ああ、だからそんなに大げさに腕を振ると傷口が開くじゃないか。 聴こえてるよ、バカ。 思わず目を伏せたのは、タイミング良くバカの後ろに太陽が顔を出したからで、それ以外に理由など無い。きっと。 「サンキュー!!!」 らし過ぎて呆れるほど、バカみたいに通る明るいことば。 顔を向けなくても目に浮かぶ、不本意だけど見慣れてしまった笑顔が全開でそこに咲いているんだろう。 下ろした視線の先では、水の紋章の光を反射させているラキが笑っていた。 それは馬鹿にするようでも面白がるようでもなく、母が子を慰めるような母性の色を含んでいて。 何もかも分かっているよと言いたげな視線に腹は立つものの、返す言葉など自分は持っていなかった。 「………わかってるよ…」 いつまでたってもまっすぐに見ることができない。 あの琥珀色は眩しすぎて、目が眩む。 指先の血は、もう乾いていた。 |