カンカナ10題より
 


生きていられるとは思わなかった。
闇に沈んで息絶える自身を想像して漆黒の鎌を振り下ろす日々。
生き残っていられるとは、思わなかった。

慈悲深いまなざしに慰められて祈りとともに瞼を震わせたのはもう、遠い、御伽噺にも近いほど。


「救われたかったのは、」


視界に映るのは歪に切り取られた曇天の空で、崩れかけたステンドグラスが雨よりも先に降ってはこないかと、期待しているのは否めない。
それでもマリアは微笑んでいる。風化してぼろぼろになったまま宙吊りで、ひどく頼りないけれど。
その微笑みはもう鮮明ではない。それが残念でならない。
かつては、とてもとても美しかったのだろうに。


「許されたかったのは、」


忘れさられた神の依り代。
崩壊寸前のチャーチ。
なんて似合いの場所だろう。

あなたの微笑みに刺し貫かれる妄想を。

神の子に生を与えたもうたあなたなら、血に染まったこの手をも浄化できるんじゃないかな。
イエスに許しを請うことはもうずいぶんと前に諦めてしまったんだ。
それでもクルスは手放せなかったけど。
ああ、それだから俺は、最期をこんな場所に求めて来たのかな。


「愛されたかったのは、」


起こすな。目覚めさせるな。気づかせるな。
まだ空気は飽和しないのか。纏わりつく湿り気なら嫌気がさすほど、もう自身という境界すら曖昧であるのに。

馴染みすぎた声が神経の麻痺すら凌駕する。

もうわずか髪の毛ほどの危ういつながりが、まだマリアをひきとめて離さない。


「死を、もって?」


うるさい黙ってくれわかってるそんな、


「……出来るとでも?」


えそらごとのような、死が、


「それが望みなら、愛させなどしない、聖母になど」


どいてくれ。

まりあがふってくる、きっと、もうすぐだ


「俺が殺してやる」


――――ただ あいされたままころされたいだけなのに







胸元のチェーンを引きちぎると、見下ろした瞳がわずかに揺れたのを見た。だから見せ付けるように、十字架を握り砕いて粉々にする。
かつての透明感は欠片もない、ただ澱んでいるだけの瞳から、涙が滲んで筋を作る。
零れ落ちる破片は、その目に何を見せたのか。

「俺に、殺されていろ」



どちらにしろ、狂気の沙汰だ。




/愛染ロマネスク 2007/03/21

…このころ病み気味なデュオが好きだったんだよ、たしか
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ひとつだけ約束してくれ。お前が束縛を嫌うのは知っているし自由をことさら好むのも知っている。もうそのことを責めはしないし止めようとは思わないがただ黙っていなくなるのだけはやめてくれないか。お前が消えるたびに俺は三桁を優に超える犯罪に手を染めてまで地球上だけじゃない宇宙中にハックして回る羽目になるんだ。確かに探すのは俺の勝手でお前の知ったことじゃないだろうがじゃあ俺が何もせずに待っていたところでお前が戻ってくる保障があるのか、ないだろう、だったら俺は探して捕まえるしかない。そんな権利も義務も俺には無いというならそれはあんまりだろう。手放す気は無いと何度言わせる気だ。お前も少なからず俺の想いに応えてきたはずだ。お前がこうして時折一人になりたがる理由が解らないわけじゃない俺だってそんなときが無いわけじゃない。でも俺はそんな時だってお前がそばにいれば安堵できるのにこれが俺とお前の気持ちの差だと思えば虚しくもなる―――違う、そんなことが言いたいわけじゃない同等の想いを返してほしいとかそういうことではなくて、だがもう少し俺のことを考えてくれてもよくはないか。お前がいないと解っているのに視界にちらつく尻尾が目障りで仕方がないんだそんな自分にうんざりする。俺を少しでも哀れだと思うならせめて置手紙を残すなり居場所から連絡を寄越すなりそれくらいの手間を惜しまないでくれ。



反論する隙も与えず一息で煮詰まったものをぶちまけたら、目の前の間抜け面はまばたきもせずにたっぷり10秒は呆然としてから、ようよう震えるように一言、

「……ごめん、もっかい言って」

だからこいつは嫌なんだ。


/純情メランコリー 2007/03/26

デュオが酷い。そしてヒイロがウザい。
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「もう一度言ってみろ」
「ばか。」
「…………」

――――――。

落ちた沈黙に周りの人間はただひたすらに貝になるしかない。

触らぬ神に祟り無し。
動くな!喋るな!音を立てるな!いっそ息も止めちまえ!!

かすかな空気の振動まで地雷を刺激してしまいそうな雰囲気に、貝たちは目で瞬速の信号を飛ばし合った。

「……品が悪くなったな、リリーナ。」
「それは失礼。向かい合う人間によって態度は自ずと変わるものですわ。」

一方は人を一人や二人殺しそうな眼光を先ほどから収めてはくれず、気の毒な人間が流れ弾に当たってもはや顔が土気色だ。本当に死んではいないだろうが、三途の川に足くらいは掛けているかもしれない。
またもう一方は始終微笑みを絶やさず、自然すぎるその聖母と見紛う口元が今は逆に恐ろしく、室内温度を確実に下げていた。

「何度でも言って差し上げますわ、ヒイロ。あなたは馬鹿です。大馬鹿よ。もう死んでも治りそうにありませんわ。それならいっそ首から看板でも下げて歩いてはいかがかしら?」

笑顔だ。しかし寒い。
政敵すらも聞き惚れると名高い美声が、今は空襲警報に等しい。

ヒイロと呼ばれた少年はいっそう顔の影を濃くして、リリーナと呼ばれる少女を睨み殺そうとしている。
貝たちは一斉に絶叫する。それ以上刺激してくれるなという抗議だ。無論心の絶叫だ。

「リリーナ嬢、それくらいにしておいてやれ。」

そこへ、室内に吹きすさぶブリザードをものともせずに傍観していた人物が事態の鎮圧のために口を挟んだ。

「あら、もう時間ですか?」
「ああ」
いつもの道化の衣装ではなく、見慣れぬスーツをしかし完璧に着こなしているトロワが、リリーナへこれまた上等の白いコートを広げてエスコートする。
一瞬で空気を塗り替えた二人に、ヒイロはリリーナに反撃するタイミングを逸して黙り込む羽目になった。

そしてついに、貝にとって救世主か大魔王か果てしなく紙一重である男が姿を現した。本日のオペラ観劇におけるリリーナ・ドーリアン外務次官のSPを務めるプリベンター臨時職員デュオ・マックスウェルである。

「よーお嬢さん!悪いね、待たせた?」

場にそぐわない能天気な声色でドアを開けた男にヒイロは非難の目を向けるが、デュオに効果は無い。というか、見ていない。

スルーされている感触に、もとより斜めに急速滑降中だったヒイロの機嫌はさらに摩擦をゼロに近づける。そうだ、元を辿ればこの男がいけないのだ。

「いいえ、デュオ。退屈はしませんでしたから結構よ」
「そのようだな。」

明らかに揶揄を含んだ二人の視線にヒイロは憮然とする。



これが本日ヒイロがリリーナに食ってかかった理由である。
決定事項がヒイロの耳に届いた瞬間、彼は不機嫌を隠すことなく不平を述べた。

なぜここでデュオと交代せねばならないのかと。
直前に行われたミーティングでも、朝リリーナが自宅を出てから、午後までに三つの会議をこなし、午後からはとある企業の株主に招待されたオペラを観るために劇場へ向かい、夕刻までの観劇を終えて劇場を出、専用リムジンまでリリーナを送り届けトロワに引き継ぐまでがヒイロの任務であると確認している。
それをなぜ、途中で強制放棄させられなければいならないのか。
しかも、自分の後任はデュオだという。
そもそもこの作戦内にデュオのDの字も無かったはずだ。何処からでたDUOだ。
加えてデュオは昨日本部でヒイロと顔を会わせたとき、このことについて何も触れなかった。
組織ぐるみの騙まし討ちか。
なぜ黙っていた。
納得出来るわけが無い。
自分がこのまま続行する。
断じてだ。

と、まあこのような感じでヒイロは猛然と警護責任者とリリーナに抗議に出た。
件の責任者であるサリイは「先日の調査でヒイロの超過労働が発覚した」とさらりと述べた。
ヒイロはあまりのこじつけにしばし反論の言葉も失ったという。

超過労働?殺人的な忙しさで労働基準法などあって無きが如しの諜報機関・プリベンターが何を言っているのだ。
先ほど?いつのことだ。たとえ事実だとしてもこんな急すぎる対応で帳尻あわせをする必要がどこにある。
そもそも直前の会議で言え、そんなことは。

「伝達ミスが有ったみたい。ごめんなさいね?ヒイロ。聞き分けて頂戴。」

しゃあしゃあと笑顔で言ってのけ、サリイは話は終わったとばかりにさっさと退散してしまった。責任者はこれから先に劇場入りして作戦を詰めなければならないらしい。

当然だが、ヒイロに逆らう余地は無かった。



「なら良かった。って、あれ?ヒイロ?なにやってんのおまえ」
「…別になんでもない。」

お前に言われるセリフじゃ無いと喉元までこみ上げた言葉を押し留めた。これ以上揶揄の視線で見られるのは我慢ならない。

「…ふーん。じゃあ行こうか、お嬢さん。」
「ええ。よろしくお願いしますわ、デュオ。」
「お任せあれ。」

警護という任務を越えて仲睦まじく去っていく二人を後ろから眺めているヒイロはまるで、仲のいいお兄ちゃんたちの間に入り込めない妹を髣髴とさせてトロワはこみ上げる笑いを押さえきれない。
ヒイロが気に入らないのが、いったいどちらなのか、本人にもいまいちはっきりしないところが、リリーナに馬鹿呼ばわりされる一番の原因なのだが。

「平和になったものだ」

いい天気だな、とトロワは誰にともなく呟いた。

ら、ヒイロに鋭く睨まれて、トロワはまた笑った。


/群青ラブボーイ 2008/05/05

彼氏も彼女も取られたくないヒイロ(…)
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2010/06/30 一部改訂